2012年1月29日日曜日

『雪蛹』

心象はつねに雪を装丁し、またそれを想定していたのだろう。

少なくとも、わたしが知る限りにおいて、わたしのなかで雪が降らなかった日、などという奇跡はこれまで一度として訪れなかったのだから。五感が招く情報は、どれも雪のような冷たさをほんのりと残し、伝達、昇華されたものだった。もしもそれが禍殃であるならば、ひとりの身上をただ語っているにすぎないが、さながら雪という媒体をくまなく呈するわたしは熊ではなく、まして猫などでもなく、さながら我輩はダルマであった。しかしながらそれが肢体不自由であるならば……いやいや、まてよ、それはすでに「死体」としての不自由なのかあるいは「したい」という何らかの希求的存亡を意味するのか、些事ではあるだろうがこれは身障のたぐいである。

わたしのこの手記は、限りなく白紙に近いものでなければならない、という想念がまっ白な空から落ちてきて、あちこちに浮遊している。

いずれにせよ、溶けていくのはあなた方の言葉ではなく、わたしの感覚に過ぎなかった。それは幸福である。


依然、わたしのなかに突如として登場する人物たちの言葉は、吹雪いている。

わたしがでっちあげた彼、彼女ともいえぬ極めてユニセックスなそれらの言の葉、仕草は、清廉な色欲を構想したものであった。少しでも触れようものなら、それは跡形もなく溶けてしまい、わたしはただ凍えていく痛覚を――内部より偽装したその心証を、どしようもなく齧りながら、涙をなんとか向こう側へ残してしてこようと試みる。が、わたしのなかにまっ白な嘘は何処にも見当たらないのである。致命的な欠陥があるとすれば、透明なものを読むことができない、その実感に対する傷口が見当たらない不審につきるだろう。

ただ、降り積もる雪がやさしく埋葬していく冷たさに、虚しさは麻痺していく。

真症でさえないのなら、わたしのこの禍福は、いったいなんなのであろうか。

なぜ、雪は降りつづけるのだろう。
埋もれながらわたしは考える。
ながいながい時間をかけて、ゆっくりと白けながら。

抵抗はすべて雪に吸収されていく。〈ぼく〉の声は、〈彼女〉の声は、いつのまにか消えてしまったかのようにおもえたが、ここに存在する不確かな透明だった。それは、自身が何処へもいけぬかわりに変換された希望的観測とでもいうつもりか? 笑わせるなよ。


積もりつづけ、やがて空まで届く心象を抱きながら、それに比例して、わたしはじぶんの軽薄な重さに沈んでいく。廃棄と再生は同時に行われる。だが、同等ではないのだ。見捨てられ瓦解したものはあまりにも純白であり、更生したものはただ醜い――見難い感覚を残そうと必死だった。


かつてのぼくが、彼女が、雪のなかに埋もれているとも知らず、わたしは〈わたし〉という汚物をそこへ隠そうとしている。添い遂げるには、想像するしかすべはない。わたしは確かな白灰に汚れた白子だった。


心象はつねに雪を模っていた。ああ―――白い月がみえる。